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ディラーーーーック!!!

異形のものの支配を拒否し、自ら命を絶った恋人を前にして、
プリムの涙がマナの要塞の熱い風に吹き散らされてゆく。
ここまで来たのは、何のため?
ここまで来れたのは、誰のため?
怒涛のように混乱が荒れ狂い、灼けつき詰まる胸、
ああ、もう、何も、考えられない。
それでもプリムは涙を振り払い、蒼く輝くダイダロスの槍を手に取って戦った。
ディラックを奪い去った、憎むべきタナトス、ダーク・リッチと。
そして、休む間もなく襲ってきた神獣と。

プリムは自室の寝床でゆっくりと目を明けた。
また、あの時の夢……。
あれからもう、半年が経つというのに、夢の中では全てが絶望的なほど精彩を放っている。
まだ明け切らぬ夜は窓から蒼い光を投げかけていて、
あの時の冒険全てが夢だったならどんなにいいだろうと、プリムはぼんやりと思った。
けれどその願いは、自分がしてきたことへの誇りと、
大切な友であるランディやポポイをもけがすものだとすぐに恥じた。
ポポイ、ポポイ、あんなに小さな身体で、
時としてランディよりも勇敢に戦ったチビちゃんもまた、
あの戦いのあと、雪とともに消えてしまった。
どうしてディラックが死ななければならなかったのか
どうしてポポイが消えなくてはならなかったのか
どうしてこんなにも会いたいのに二度と会うことができないのか
それでも時は、確実に少しづつ、彼らを想い出にしてゆく。
喜びも、悲しみも、全ては彼らと、私の心を置き去りに。
窓辺に立ち、橙に染まろうとする東の山すそを見ながら、
プリムはまたひとつぶ、涙をこぼした。
まだ、夜は明けない。


聖剣を、ポトスの滝に戻してから。
タスマニカに来ないかというジェマの誘いを断って、
ランディはルサ・ルカのもとにとどまった。
彼はただ、学びたいと思ったのだ、世界じゅうを駆け抜けて、
マナの勇者として滅びから救うことはできても、
ほんとうに救いたかったものを、失ってしまったから。
あの戦いに終わりを告げた雪の日々は、きっと一生忘れられないだろう。
プリムを最後まで駆りたてたその痛切すぎる願いも、
ポポイの最後の微笑みも、雪と同じように消えてしまったから。
あまりにも、失ったものの多すぎる戦いだった。
それとも全てを賭すべき戦いのなかで、
何も失わずにいたいと願ったことは間違っていたのだろうか。
否。
あれは、何も失わないための戦いだった―――。

コン、コン……。
書庫のドアが遠慮がちにノックされて、
立ち並ぶ本棚の間で脚立にもたれ、ルサ・ルカの蔵書を読んでいたランディは顔を上げた。
ルサ・ルカなら書庫のドアなどノックはしないので、彼女ではないと思いつつ、
ランディは「はい」と言いながらドアまで行って開けた。
ガチャッ。
ドアの向こうに覗いた顔を見て、ランディはすこし目を丸くした。
「あれ?キミは、プリムの……」
「こんにちわ、ランディさん」
水色の巻き毛を揺らして会釈をしたのは、プリムの友人、パメラだった。
夢見がちな少女といった印象だった彼女も、
あれから半年を経て、だいぶん落ち付いた雰囲気に見えた。
「お久しぶりです、その節はお世話になりました」
さらにぺこりと深く頭を下げるパメラに、ランディはぱぱぱっと手を振って制した。
「ううん、こっちこそ、何もできなくて。
 あ、どうぞ入って……」
大きく書庫のドアを開き、ランディはパメラを招き入れ、
二人は簡素なテーブルに向かい合って座った。
書庫はおそろしく広かったが、整然と間を詰めて立ち並ぶ背の高い書棚のせいで、
テーブルの周りといい、どうしても手狭に感じられて仕方が無い。
全ての書棚には重厚な背表紙がぎっしりと並んでいて、
床にもランディの手によって整理中らしき本が、所狭しと積み上げられている。
「すごいわ…、これが全部、ルサ・ルカ様のご本なのね」
書棚を見回して嘆息するパメラに、ランディは微笑んだ。
「うん、僕はここに来て半年になるけど、まだまだ十分の一も読めないんだ。
 世界中のいろんな本があって、そうそう、ここにルカ様の書いた本もあるよ」
机の端に積んであった本を一冊抜き取ったランディを見て、パメラは慌てて制した。
彼女は本を、漫画程度しか読まなかったし、それに今はランディに用向きを伝えねば。
表情をかげらせたパメラを見て、ランディはいずまいを正した。
プリムに何かあったのだろうか。
「ランディさん、最近プリムに会いました?」
「いや、もうずいぶん会ってないけど。……まさか、何かあったの?」
「いいえ。何もありません。
 でも、最近、彼女、痩せました」
目を伏せたパメラの言葉に、ランディは少なからず胸を突かれた。
「ランディさんにこんなことをお話しするのも何かと思ったんですけど、
 でも、私の力じゃあどうしようもないような気がして……」
「………」
机の上で、ランプの炎が揺れる。
「プリム、ふだんは元気に振舞ってます。
 最初はいやがってた料理教室も休まないで真面目に来ているし、
 お父さんとも仲良くやってるみたいです。
 でも、たまに、ふっと気がつくと、まるで泣いてるみたいな顔してて……、
 きっと、まだ、ディラックのことが………」
自分にも責任の一端があると思ってか、パメラはそこまで言ってぎゅっと目をつぶった。
「……わかった。報せてくれてどうもありがとう。
 今日は遅いから、この神殿に泊まって行くと良いよ。
 明日、一緒にパンドーラまで行くから」
しずかに微笑んだランディを見て、パメラはほっと息をついた。

「急な話なんですが、明日、パンドーラに出掛けます。
 ルカ様の書物をお借りしたいんですが」
ランディの申し出に、ルサ・ルカはさして驚きもしなかった。
世界からマナは消えても、水の流れは200年間変わらない。
水の巫女たる彼女は、世界の動向を以前と変わらず知っていたし、
パメラが訪ねてきた理由もまた、同じ。
「うむ。何冊でも持って行くが良かろう。プリムによしなに、な」
「有り難うございます」
「元気づけてやるのじゃぞ」
「はい、ありがとうございます」
ルサ・ルカは、ランディのまばゆいばかりの笑顔を見て、
ほんとうに健やかに育ってくれたものだと目を細めた。
マナの消えた世界では、自分の力もいつまでもつかわからないけれど、
この少年の、やがて青年となりゆくランディの行く末は、
ずっと見守っていてやりたいものだと心から願った。


翌日、ランディはパメラと二人で、緑の息吹く街道を抜けて、パンドーラへと向かった。
半年前は、白昼にもバドフラワーやマイコニドが徘徊していたけれど、
マナの消えた今は、すっかり大人しくなったラビが時折木陰から顔を出すだけだ。
街から街への行き来もし易くなり、各地の大砲屋も繁盛しているらしい。
街道を歩いていて、ふと思い出し笑いをもらしたランディに、パメラはけげんそうな顔をした。
「どうしたんですか?」
「うん、あのね。ここで、初めてプリムに会ったんだ」
「あら」
「それが、恥ずかしい話なんだけど、
 ゴブリンに捕まっちゃって、鍋で茹でられるところだったんだよね…」
「ええっ?大丈夫だったんですか?」
目の前にピンピンしているので大丈夫に決まっているが、
あまりの展開の会話に、パメラは目を丸くした。
今でこそ平和な街道だが、危険だった1年前にもゴブリンというと、
大地のへそあたりにしか生息していないモンスターだった。
「うん。大鍋の中でだんだん熱くなってくるスープに浸かってたら、
 プリムがやって来て助け出してくれたんだ」
「まあ」
「プリム、名前を聞く間もなく走ってっちゃって、
 でも次に会った時に、しっかり”マヌケ男”なんて呼ばれちゃったよ」
「プリムらしいわ…」
くすくすと笑ったパメラの表情が、ふっと曇り、うつむいた。
ランディも口をつぐみ、もう笑ってはいない。
パンドーラの活気ある町並みが見えてきた。


「あ、パメラさん、こんにちわ。
 あら、それに……、あなたは、お嬢様のお友達の?」
エルマン邸の小間使いはランディの顔を覚えていた。
世界を救った英雄には違いないが、ランディ本人の願いにより
パンドーラやタスマニカの王はささやかな緘口令を敷いたので、
彼が英雄だとか、勇者だとかいう事実を知る者は、世界規模でいえばごくごく少数に限られる。
「こんにちわ。プリムは居るかしら?」
パメラの問いに、小間使いは首を振った。
「いいえ。今日はキッポ村にお出かけの日で」
そこでパメラはあっと言い口に手をやった。
「すっかり忘れてたわ。プリム、毎週ジンの日にキッポ村へ行くんです」
「そうなのか…、日帰りなの?」
「ええ、ジンの次の、ドリアードの日は料理教室だから」
小間使いは上がって待つように薦めたが、二人は断って屋敷を後にした。
キッポ村といえば、ランディが育ったポトス村よりも小さな村で、
プリムの恋人だったディラックの実家がある。
パンドーラからは歩いて2時間もかかるというのに、
プリムは毎週訪ねているというのか。
馬で乗りつけようものならたいへんに目立つような、小さな村で、
プリムはきっと歩いて往復しているのだろうとランディは思う。
確か、ディラックには老いた両親がおり、ランディも1度会ったことがあった。
パンドーラ城下町の東門まで来て、ランディはパメラに礼を言った。
「ほんとにありがとう、ここからは遠いから、僕ひとりで行くよ」


緑の香りをたっぷりとはらんだ風が頬を撫でて、
ランディは、早足で歩きながらふと空をあおいだ。
大きな雲が幾つか重なりあい、真っ青な空をゆっくりと流れてゆく。
その雲よりも高いところで、とんびか鷹だろうか、一羽の鳥が舞っているのが見えて目を細めた。
マナが消え、神獣を倒したことで、フラミーも消えてしまった。
だがこの半年で、ランディはさまざまなことを学んできた。
それはいくぶん掻き込むかのように大雑把ではあったけれど、
ルサ・ルカの蔵書を乱読したことで知り得た事実は多かった。

すなわち、マナとともに妖精は消えても、この世から消滅したわけではない。

「……プリム!」
道のそばの川べりに懐かしい背中をみつけて、ランディは声をかけた。
前よりも伸びた豊かな金髪をねじるように結って、背中にたらしている。
振り向いた面影は、なるほどパメラが言った通り少し痩せたようだったが、
その顔に驚きとともに広がった笑みは、以前と変わらず輝いて見える。
「ランディ!いったいどうしたの?偶然?」
「いや、急にプリムの顔が見たくなっちゃって」
「久しぶりねえ。また背、伸びたんじゃない?」
「プリムはきれいになったなあ」
素直なランディは、思ったことを素直に口にしたのだが、プリムはあははと笑った。
「お世辞まで覚えちゃって。ルカ様は元気?」
「もちろんさ。プリムは…お父さんとうまくやってるって聞いたよ」
さっき座っていた大きな石に、ふたたびプリムは腰掛けた。
ランディはその隣の流木に座る。
「ええ、もう無理なお見合いなんて持って来ないし、
 それにずいぶん優しくなったわ。あの頃、家を出たことが良かったのかしらね」
川に目をやった横顔はやっぱり思ったよりもほっそりとして、
ランディは少し胸が痛んだ。
「あの、さ、ルカ様のご本を借りて来たんだ」
「ランディが読書好きだなんて知らなかったわ。勉強ははかどってるみたいね?」
「ちゃかさないでよ。妖精の本なんだ」
「…妖精の?」
ぴくりとプリムの眉が動き、不安げな光が瞳に揺らめいた。
「うん。きっと驚くと思って」
ランディが差し出した本はプリムの予想に反し、
絵本でも娯楽小説のようでもなく、ずいぶん厚くそして古い。
それでも少し、不安に翳った表情のまま、プリムは本を受け取った。
パラパラとめくって見る。
「すごいわ……、これ、ほとんど古代文字な上に、
 ルーン文字まで混ざってるじゃない。
 もしかしてランディは、これを読んだの?」
「うん、ルカ様に教わりながら、だけどね」
良家の息女たるプリムは古代文字を習っていたし、
一度はマナの精霊たちを宿した身なので、ルーン文字も読むことができた。
「マナと妖精、モーグリ、大森林……、フラミーのことまで書いてある」
しばらくそのままページをめくっていたプリムが、顔を上げた。
きらめく川の流れに目をやっていたが、視線はもっと先を見ているようだ。
「つまり、チビちゃんは……、生きてるのね?」
「うん。マナや妖精が世界から消えた、っていうよりも、
 住む世界が分かたれた、と言ったほうがいいみたいだ。
 お互いの姿は見えなくても……」
プリムはちいさく息をついた。
「私、信じてたもの、いいえ、知ってたわ、
 チビちゃんが消えてしまうなんてこと、絶対にないって」
「僕も同じさ」
「二度と会えなくても、生きているのなら」

ランディが立ち上がった。

「行こうか」
「どこへ?」
「大森林へ。四季の森へ。
 会いに行こう」
「…ええ!」

差し伸べられたランディの手を、プリムはしっかりとつかんだ。

「会えなくても。
 また二人で、会いに行こう、ポポイに」



Fin.


個人的に、EDで全てのつじつまを合わせて丸く収まる3よりも、
2の終わり方がなんともいえず好きなんです。
だからって良かったなんて絶対に思わないけど。
こうやって四季の森に行った二人が、実際にポポイに会えることはないと思うけど、
私が忘れたくなかったんだモンってつらつらと書いてみました超駄文。イッツァ自己満足。
ディラックのことは本当にかわいそうでありました。
例えば彼を生き返らせるなんて滅茶苦茶なことは書きたくなくて、
でも力不足なもんで、あんまし触れられなくてごめんディラック。
それにしても、オチに続く前フリが長すぎるというか、ヤマが全くない駄文ですな。
しかもいつも小説書いて載せる段階になってから題名を考えるので、
毎回ひどく陳腐なタイトルっつうか(内容も陳腐だからちょうどいい?)
ランディとプリムがこれから大人になって、二人の幸せをみつけるのは、また別のお話
なんちゃって。でもそうなるといいよね。
2000.7.22.mionosuke.