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「ジェ、ジェノサイドームへ?」
目と口が同時に丸くなってゆくクロノに、
ルッカはにっこりと微笑んでみせた。
「ええ。あそこにはきっと、貴重な部品が眠ってるはずよ。
私にとっても、ロボにとってもね」
ちょうどメンテナンス中、
スリープモードのロボを見やってから、ルッカは続けた。
「ロボはずっと、無理しっ放しだと思うのよ。
私がいくら現代のサイエンスをかじってても、
999年も未来の技術になんか、とても追いつかないから」
「ルッカ‥‥、僕に機械のことはわかんないけど、
今まで通り、部品を取ってくるのは
アリスドームじゃだめなの?
それにロボも、毎日あんなに元気じゃない?」
‥‥それには応えず、ルッカが部屋の出窓を押し開けると、
潮風をはらんだトルースの空気が、
カーテンを揺らして暖かく部屋を満たしてゆく。
そして彼女があおぎ見た空には、青く澄み渡るその色に似つかわしくもない、
まがまがしく輝いて黒くたゆとう、星の悪夢。
おだやかな表情だったルッカの眉間に、かげりがやどる。
(‥‥私達の戦いはいま、佳境に来ているといっても良い)
彼女は仲間達のことを心から信頼していたし、
また自分も同じく、仲間達のそれに応えられるように、
機械工学も、拳銃や魔法の腕も磨いて来たつもりだ。
だけど、ロボは。
「砂漠に緑が戻って、ほんとに良かった。
お母さんの足が治って、ほんとに良かった」
「ルッカ?」
クロノが椅子から立ち上がり、ルッカの肩に手を置いた。
「だけど‥‥」
振り向いたルッカの顔は、もう今にも泣きそうに見える。
「私、ロボには、本当に本当に、たくさんのものをもらったわ。
感謝してるの。大事な友達なの。
クロノやマールやカエルだってみんな大事、だけど」
いつになく感情的な様子のルッカに、
もともと無口なクロノは、かけるべき言葉がみつからない。
「だけど私、心配なのよ。
ロボは‥‥ロボにとって、10世紀近くも昔に来て、
毎日わたし、ろくなメンテナンスもできなくて、
私がロボにしてあげられることって‥‥ほんとは何も‥‥」
めがねの下の、端整な顔立ちがくしゃっとゆがみ
うつむいたルッカの足元に、ぽたぽたと水滴が落ちたのを見て、
クロノは愕然とし、そしてひどくうろたえた。
いま、部屋にはクロノとルッカ二人きりで、
くだんのロボはスリープモードの真っ最中。
情けない話ではあるが、こういう場合に真っ先に
助けを求められる、マールもエイラもいないのである。
「ルッカ‥‥」
自分の顔が赤くなってゆくのをありありと自覚しながら、
クロノがそっと両手を伸ばして、肩を震わせているルッカを
抱き寄せようとした、まさにその時。
「そんなコト、アリマセンヨ」
ルッカが涙に濡れた顔をぱっと上げるのと、
クロノが2、3歩すっ飛ぶように離れて、
本棚のかどに背中をぶつけたのは、ほぼ同時だったろうか。
「あ、ロ、ロボ?充電、終わったの?」
慌ててごしごしと涙を拭き、小走りにロボのもとへゆくルッカ。
背中をさすっているクロノには気づく由もない。
「ルッカ、ナカナイデ‥‥
アナタがクレタモノは、タクサンアリマス」
「‥‥今の話、聞かれちゃったのね‥‥」
ロボの背中からのびた太いプラグコードを
がちゃりがちゃりと抜き取りながら、ルッカは小さく息をつく。
「アナタやマールは、初めて会ったトキ、
ワタシにロボという名前をクレマシタ」
「そんなこと」
「ヒトヲ想うキモチ、タイセツにする、ささえアウ、
ヨリソイアウ ココロ、ゼンブ、ルッカがクレマシタ」
「‥‥‥ロボ‥‥」
それ以上は何も言えず、へたりこんで
めがねごと顔をおおったルッカの両の手の下から
後から後からあふれだす涙は、
ぽたぽたとロボの鋼鉄の足に落ちて、そこを暖めた。
(当分、僕の出る幕はないかな‥‥)
窓際にもたれ、ちいさく息をついたクロノの顔も、
だけどやっぱり安堵と幸福に満ちていて。
初夏の風がルッカの部屋を流れ、
ゆっくりと暖めている、と或る午後のひととき。
Copyright 2001 Ai Yukioka
ゆきおかあいさんに頂いた素晴らしいイラストにインスパイアされて
勢いと鼻息だけで書き上げてしまいました駄文。
なんだか当然のこととはいえ、絵だけが神々しく光り輝いており
自分が恥ずかしかったり情けなかったり。
ロボの包容力だとか、ルッカの不器用さとか葛藤とか、
そういうものを書きたかった。
このコンビは本当に愛に満ち溢れておりますなあ。大好きさ。
2001.1.30.mionosuke.