アラクネが殺されたと聞いた時に、その糞のような情報をもたらした腐れ魔道師をまず殺そうと思った。その発狂を抑え込めたのは誰でもない自分自身だったのだが。

「憎き死武専に復讐したいのならば私はバックアップを惜しみませんよ」

蚊のジジィ、テメーがコイツを心底嫌ってた意味が100分の1くれぇは分かったぜ。お前は一体何をしていた?アラクネがそのクソガキと闘ってた時に“どこで何をしていた”んだよ?企みの親玉みてーな姐さんとは別の意味で胡散臭い。ゲームが終ってもカードを隠し持っているみたいな胸糞の悪さ。

「仇を取りたくはありませんか? 恨みを晴らしたくありませんか?」

反吐野郎、何を笑ってやがる。何故笑っていやがる。どうして笑っていられるんだ。俺を便利に使いたいんだろう? だったら俺の精神に同調してお悔やみの一つでも捧げるのが筋ってもんじゃねえのか?

「さあ我らの手で殺しましょう、アラクネ様の魂を食らった呪わしい鎌を! アラクネ様の身体を引き裂いた生意気なメスガキを!」

なるほど優秀なアジテーターだ。こいつ“も”こうやって魂に入り込むのか。

……だが二流だ。

姐さんならもっともっと上手くやる。獲物が気付かぬうちに魂を揺さぶり綺麗に絡め取って一糸の乱れもなく整列した波長でシビれさせてくれるぜ。
永遠にな。
チャイナだかモンゴルだかの優秀な軍師みたくに、死んだ後も俺を支配している。

「勘違いするな、俺はあの腐れ鎌と腐れ鎌職人をぶっ殺す意外にゃ指一本動かす気はねぇ。それを忘れた瞬間お前はこま切れになる」

もちろんですよギリコさん。浅黒いにこやかな笑みの奥に闇よりもっと昏い物を潜ませたまま、そう言った。底の浅い男だ。見え透いている。三つのガキにでも覚られるほどに胡乱な魂。姿形なんか問題じゃない。意味があるのは魂だけ。そしてこいつはそれを無防備にさらけ出して、それを厭わない。

 ――――――――俺はこれでも人生経験が長いもんでねぇ。
“底が見え過ぎる”なんてのはどう考えたっておかしいのさ。

 「ひとつだけ教えろ魔道師」
「私に解る事ならば」
「お前はアラクネを見捨てたのか」
「とんでもない!」

間髪入れず、心底驚いた顔。そして続く下らない賞賛と悔恨を織り交ぜた言い訳。

「誰がどんな不思議な術を使おうと、俺の知ってるアラクネならば絶対に自分の身体を敵の前に曝そうなんて発想が出る訳はねェ」

情報戦を得意とし、権謀術数を身上とする性悪女。800年前に追い詰められた原因だってそうだ。あいつは自分の巣の中に居さえすれば神にも匹敵する。だからこそ“誰かが引きずりだした”に違いないのだ。

「メスガキと鎌を殺したら次はアラクネを陥れた奴だ」

言って俺は腐れ魔道師に背を向けた。

「もちろんですよギリコさん。私も同じ思いです!」

弾んだ声で“世界中のありとあらゆるものを自分の船に押し込んだコレクター”の名を名乗る男が俺の精神に同調しようとした。他を当たりな、俺が人に使われるタイプに見えんのか?

アラクネみたいに爪の裏側や網膜の底まで全部支配してくれるなら別だがよ。800年間鼓膜の縁をガリガリ掻き毟り続けた蜘蛛の足音は、もう聞こえない。

それだけが堪らなく俺を不安にする。





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