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停泊しているファルコン号の甲板で、セリスはひとり手すりにもたれていた。
見上げると頭上には、赤い空をバックに大きなプロペラ。
セリスには飛空艇のことは良くわからなかったけれど、
セッツァーの親友だったダリルというひとが
誇りにしていたことも頷ける、立派な機体だ。

びゅうと冷たい風が吹いて、ひとつ身ぶるいしたセリスは、手すりから地上を見渡した。
ナルシェ山岳地帯は、世界が崩壊する前と変わらず冷えびえと雪をかぶって見える。
けれど山々の連なりが背負う空は、太陽が昇ってから沈むまで、いつ見てもあざやかな朱色。
ブラックジャック号で駆けたあの青い空が、どんどん想い出になっていく。
草木は枯れ、風も水も濁り、世界は死に絶えようとしている‥‥?

いいえ、それでも私は生きている。

ティナも、エドガーもマッシュも、セッツァーも。
ガウもリルムもストラゴス、カイエン、モグだって生きていた。
ウーマロと、ゴゴっていう新しい仲間だって増えたのよ。

だけど、ああ、それなのに、
ここには、あなただけがいない‥‥‥。

色あせたバンダナを手にとってそっと口づけると、
またひときわ強い風が吹いて、セリスの見事な金髪が大きくあおられた。

『似てるんだ‥‥』
(誰に?)
『そのリボン、似合ってるぜ』
(そんなこと)
『疑ってしまって、すまない』
(いいえ、それは)
『俺が、守る!!』
(ロック)

「ロック‥‥!」
思わず名前を呼んでいた。
言えなかった言葉がありすぎて、言いたかった言葉がありすぎて、
セリスはバンダナに爪が食い込むほど、ぎゅっと固くにぎりしめた。

「風邪ひくぜ」
言葉とともに背中にばさりと何かをかけられて、
セリスは文字通り、ぴょんと飛び上がって驚いた。

「せせせっせセッツァー!?いつからいたの!?」
「いま来たとこだが」

「あ、そ、そう‥‥」
肩にかけられたのはセッツァーの上着らしい。
見た目どおり重くて、シガレットの香りがした。

「やっぱりずっと、気にしてるみたいだな」

そ知らぬふうに指摘され、セリスはぐっと言って黙った。
さっきの呟きは、やっぱり聞かれていたようだ。
こころもち肩をすぼめて小さくなったセリスを見て、セッツァーはふっと笑った。
何か言ってやろうと思ってちょっとだけにらむと、その目は驚くほど優しく、セリスは思わず口をつぐんだ。

「気に病むこたぁない。大丈夫さ。現にみんな、生きてたろ?」
「‥‥‥」
「フィガロの兄弟なんざ、殺しても死なねぇみたいに見えるが、
 あのリルムも、モグだってピンピンしてる。
 ストラゴスのじいさんだって、前以上に張り切ってるしな」
「そうね‥‥」

やっとすこし笑ったセリスを見て、セッツァーは内心ほっとしたけれど、
セリスは気がつく由もない。

「‥‥それに、お前さんがあの時コーリンゲンに来てくれなきゃ、
 俺はきっと今頃も、飲んだくれて酔いつぶれてただろうしな」
「いいえ。私一人じゃあそこまで行けなかったわ」
小さくかぶりを振って、セリスは空を見上げた。

「すごいわ。本当にすごい。
 崩れそうな家を支えたマッシュも、お城を救ったエドガーも。
 子供達を守ったティナも、またこうして飛空艇の舵を取っているセッツァーだって」

夕刻の朱色に染まったセリスの横顔はとても美しかったけれど、どこか苦しげに見えた。

「帝国から逃れたティナとナルシェで再会した時、
 自意識の戻ったこの娘はなんてか弱いんだろうと正直言って呆れたわ」
「‥‥‥」
「けど違った。私なんかよりよっぽど、強くてひたむきな、いい子」
「`なんか´なんて言うもんじゃないぜ。
 だが、そう思えるようになっただけでも、大したもんだと思うがな?」
「ありがとう」
セッツァーの言葉に微笑んで、セリスは続けた。
「それから‥‥、ロックはね、すごく強くてたくましくて、
 足を怪我した私を守ってくれたり‥‥悔しいけど強い男だ、って思ったの。
 弱い男など嫌いだ!な〜んて言ってた私が、渋々ながら認めたのよ?
 でもね‥‥」
泣いているのかと思った。けれどセリスの輝く瞳は濡れてはいない。
「同じだったのよ。
 迷ったり、疑ったり、怒ったり、何かを捜したり‥‥。
 ううんそれはみんな同じ。
 ティナだって私だって、同じだったのよね‥‥‥」
いつになく饒舌で、生身の言葉を連ねるセリスを見ながら、
セッツァーは不思議な気持ちだった。感動していたと言ってもいい。

ややもしてまた、一陣の風が吹き、セリスの金髪とセッツァーの銀髪を撫でて行った。
夕闇はもうすぐそばまで迫り、朱色だった空にも星がまたたいている。

「‥‥お前さんの気持ちはよくわかったよ。
 だがちと風が冷たい。今日はここまでだ、中に入ろう」
そう促されて初めて、セリスは少し自分が喋り過ぎたと思ったようだ。
手すりから離れたセリスは、つんと背筋をのばし、
猫のように足を運びながらいたずらっぽく言った。
「セッツァー、私あなたに初めて会った時、
 なんて奔放で自分勝手で、子供みたいな人だろうと思ったのよ」
「そいつは、どうも」
「でもね、あなたもエドガーもカイエンも、
 当たり前かも知れないけど、私よりずっとずーっと大人なのね」
「当たり前だ」
「ふふ、ごめん!」
セリスがばさりと投げてよこした上着を頭にかぶったまま、セッツァーは小さく嘆息した。
もうすでに先を歩いていたセリスには聞こえないと知っていながら、
「1ぺん惚れたら、諦めは悪いんだぜ?」

その呟きを聞いたのは、ファルコン号だけ。


Fin.



2000.8.6.mionosuke.