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白魔導士なんて、がらじゃない。
ちゃんと自分でもわかっていた。
だからつい、いつも「格闘」なんてアビリティを選んで持って、
今日だって素手で、モンスターを何匹も殴り飛ばして。
何にジョブチェンジしたって、オレはオレだ。
仲間の背中に隠れて後方援護なんてやってられない。

また1匹モンスターを殴り飛ばしながら、ファリスは昨日のことを思い出していた。


「バッツ!!」
村に入るなり、鈴の音のように澄んだ声がかかり、
駆け寄って来た小柄な少女がバッツの首にかじりついた。
「お帰りなさい!バッツ!」
ファリスやレナだけでなくバッツ本人も驚いた様子だったが、
すぐに目を細めて笑い声をあげた。
「ただいま、マリー。相変わらず元気みたいだな」
「もう、もう何年ぶり!?
 こんなに背が伸びちゃって、すぐわからなかったわ!」
そうは言っても、村の入り口をくぐってすぐのことである。
「マリーは相変わらず小さいな」
「もう!これでも随分伸びたのよ!バッツが大き過ぎるの」
そしてこの会話中、ずっとバッツの腕に抱き付いて離れない少女を見て
ファリスの眉根がギュっと音をたてたか、たてなかったか。
「おい、バッツ」
不機嫌そのものに声をかけたファリスを、やっと気がついたようにバッツは振り向いた。
「ん、ああ、悪い悪い。紹介するよ。おれの幼馴染のマリー。
 こっちは、旅の仲間のファリス、ガラフ、レナだ」
「初めまして」
バッツに対する様子とは一転、はにかんだ様子でマリーは挨拶をした。
美人ではないけれど、レナよりも小柄できゃしゃな身体、素朴に結った髪が揺れる白い頬。
めったに見られない、たんぽぽの綿帽子を見たような気持ちにファリスが囚われたのも束の間。
このすぐあとに、バッツに気がついたほかの村人が騒ぎはじめ、
パブにて大騒ぎが深夜まで続くこととなった。


「格闘」のアビリティで腕力はあがっても、体力や素早さまではそうはいかない。
油断していたわけではない、それぐらい心得ていたのに。
濡れた洞窟の床でファリスの布靴が滑り、もたもたしたローブのすそを踏んづけた。
不思議に冷静な気持ちでああ、と思ったファリスの首筋めがけて、モンスターの爪が振り下ろされる。

ざっ!!

「馬鹿野郎!」

ファリスに突き刺さったのはモンスターのかぎ爪ではなく、バッツの叱責だった。
バッツの剣が寸前で魔物の腕を切り飛ばし、返す刃で胴体ごと両断したのだった。
バッツの太刀筋、ことに最近のその上達には目を見張るものがあったが、
今のこの一撃はクリティカルヒットだったと言ってよい。
「なに一人でつっ走ってんだ!危ねー!」
珍しく語調を荒げて、バッツはファリスの手を取って軽がると引き起こした。
荒海で鍛えられたファリスの手足は「おんなのこ」のものではなかったが、
バッツの手はそれよりもなお厚く、たくましい。
「かなり血の気が引いたぞ。勘弁してくれよ」
少し離れた後方でも魔物の一団をかたづけたらしく、レナがガラフにエスナをかけている。
「……やだ……」
剣の血を払って鞘に収めていたバッツが振り向いた。
「もう、いやだ」
「え?」
「白魔導士はもうやめる」
「ファリス、どうしたんだ?」
「どうもしねーよ。性に合わねーだけだ!」
ファリスは小さく、しかし吐き捨てるようにそう言って、フードをばさりと後ろに落とした。


リックスの宿屋に戻ったバッツは、テーブルに頬杖をついて嘆息した。
あれからファリスは一言も口をきかず、だまってモンクにジョブチェンジをした。
レナもガラフも驚いていたし、バッツだってそうだ。
そしてファリスは飲んで行くと言ってパブの入り口に消え、宿には3人で戻ることになった。
「ファリス…、どうしちゃったんだろうな」
暖炉でマントを乾かしていたレナが振り向いた。
バッツの呟きには答えない。
「ねえ、バッツ…」
「ん?」
少し逡巡して、レナは問うた。
「姉さんのこと、どう思う?」
目をしばたかせて、バッツは頬杖を外した。
「どうって、心配だよ。何かあったんじゃないかって」
「ううん、違うの」
どこか子供にさとすように、根気良くレナは首を振った。
振ったけれど、開いた口をふっとつぐんだ。
「……いいわ、ごめんなさい」
レナはまた暖炉のほうを向いて、マントを持ち直した。
「……」
難しい顔をして目を落としたバッツに、ベッドの上のガラフが声をかけた。
「あやつも不器用だからの。……行ってやらんのか?」
寝たと思っていたが、起きていたらしい。
ガラフの声のいたずらっぽい響きで、呪縛が解けたかのように、バッツは椅子を立った。
「行ってくる」
そしてバタンと閉じた部屋のドアを、レナは見ない。
「まったく、言いたかないが、のう…。お人好しにも程があるぞい」
振り向いたレナの顔はいつもと同じように微笑んでいたけれど、
その手はすっかり乾いたマントをいつまでも暖炉の炎にかかげていた。


ファリスは酒に強かった。
当然だが船酔いはしないし、酒酔いだって相当飲まない限りはしない。
今夜はその「相当」というほどに飲んだけれど、
冴え切った目と意識、パブを出た足取りもしっかりとしていた。
しかしこのまま宿屋に戻る気にはなれない。
皆が寝静まった頃にこっそりと戻ろう。
どういうわけかいらいらとして、バッツの顔を見たくなかった。
狭い村の中を、人気を避けてどこへともなしに歩くうち、ファリスは村外れの高台に出た。
丸く大きな満月がこうこうと地上の全てを照らしていて、昼間のように明るい。
すぐ近くまで森が迫っており、心地よく湿気を含んだ夜気が、さあっと髪そして頬を撫でてゆく。
「ここは…、バッツの…」
バッツの母親の、お墓。
墓前には白い花が供えられており、周囲の手入れも行き届いている。
お墓のまわりは、ほぼ花畑だといってもよい。
バッツだろうか、それとも、マリー?
「……ふっ」
自嘲ぎみに鼻を鳴らして、ファリスは持っていた酒瓶をあおった。
友達の、母親の墓前で大した格好だとは思ったが、
ささくれだった気持ちが胸中を満たしていて、そんなことはどうでも良かった。
こんな苛立ちは久しぶりだ。
ずいぶん昔、シルドラに会う前の自分は、海賊の仲間達は優しくても、
女だからというだけで随分勝手にひとりこんな気分になっていたけれど。

その時、背後に人の気配がした。

「あら?
 ファリス、さん…?」

振り向いたそこには、手桶を抱えたマリーが立っていた。
「………」
答えるかわりに、ファリスは持っていた酒瓶を少しかかげて振ってみせる。
「こんばんわ、奇遇ですね」
少女は酒瓶に気圧された様子もなく、ちょっと首をかしげて微笑んだ。
手桶がちゃぷんと音をたてる。
こんな時間に、墓参り?
ファリスの疑問を読んだように、マリーは頷いた。
「昨日、バッツが戻って来て大騒ぎになったでしょう?
 だからみんな、お花に水をあげるのを忘れてると思って…」
マリーは墓前にしゃがみ、目をとじ手をあわせてから、
手桶にさしたひしゃくを取って、静かに周囲に水をまき始めた。

「なあ……」
「はい?」
水をまく手をとめて、マリーはファリスの方をみた。
「バッツのおふくろさんって、どんな人だったんだ?」
「あ…、ええ」
にっこりと笑んだマリーが答えようと口を開きかけた、そのとき。
ざあっと生臭い風が吹いた。
それも、間近に迫った森の中から。
ファリスだけでなく、マリーさえ気づいてぱっと顔をあげた。
瘴気。
それも、船の墓場でかいだような、とびきり強い臭い。

「おれから離れるな」

酒瓶をぽいと落とし、低い声でファリスは言った。
今や生臭い風は空気と混ざり合い周囲を満たし、
ここが墓場であることを、いやというほど思い出させてくれた。
だがこの臭いは、墓場からではなく、墓場をけがそうとするもの。
ふっと怒りが沸いたが、一人では分が悪い。
「ファ、ファリスさん…」
背中の少女が服の袖をぎゅっと握る。
「大丈夫だ、ゆっくり歩け」
マリーをうながして注意深く周囲を見回しながら、
ファリスは村のほうへと後退しようとしたが、
森すその木々の合間に、光る赤い目をみた。
近い。ひとつ、よっつ、むっつ、とお。

「走れ!振り向くな!!」

身をすくませたマリーの肩をとん、と突いて叫ぶと、
弾かれたようにしてマリーは村へと走って行った。
ファリスは視界の端にそれを捉えて安堵の息をふっと吐いたが、
すぐにまたぎゅっと足を踏み締めた。
まったく、モンクになっておいて良かったというところか。
「村へは一歩も入らせねえぞ」


パブを出たバッツは、ファリスを探して歩いていた。
マスターによれば半時間ほど前に店を出たということなので、
もしかしたら行き違いに宿に帰ったのかとも思ったが、
狭い村の中、同じ道を行き会わないわけがない。
仕方がないので村の中を歩いて探すことにしたのだが、
先刻から妙な胸騒ぎがして落ち付かなかった。
自然と早まる足が、その時、ぴたりと止まった。

村外れから誰かが駆けてくる。

マリーだとすぐにわかったが、様子が尋常ではない。
「バッツ!バッツ!!」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、息を切らせたマリーがバッツに飛び付いた。
昔ちいさかったころのことが蘇り、さあっとバッツの頭を巡ったが、
今は思い出に浸っている場合ではないようだ。

「どうした?何があった?」
「ファリスさんが、ファリスさんが…、
 バッツのお母さんのお墓で……」

それだけ聞いてすぐ、バッツは走り出していた。
「私も行く!!」
驚いて、走りながら後ろを見ると、背後について走るマリーはもう泣いてはいなかった。
「私をかばって、ファリスさん、一人で…!!」
「よし、急ごう!」


――――低く尾を引く、魔物の咆哮。
ファリスの拳の前に3匹目の魔物が倒れたとき、
背後から襲いかかった魔物の一撃を、ファリスは避け切れなかった。
がん!という衝撃を頭に受け、花畑につっ伏す。
が、そのまま横ざまに転がって、新たな一撃を寸前でかわした。
そして間を置かず、がばっとばね仕掛けの人形のようにはね起きて、
4、5歩ひとっ飛びに後退した。足を踏み締めて体勢を整える。
まだやれる。
が、しこたま飲んだツケが今ごろ回ってきたのか、息があがるのが早い。
つうっと頭から垂れた一筋の血が目に入り、まずいと思った瞬間。
また背後から、同じところにがん!という衝撃を受けて、ファリスは倒れた。
倒れる様子をまるでスローモーションのように感じながら、
花畑を踏み荒しちまったな、とぼんやり思ったファリスの耳に、
遠くバッツの声が聞こえた気がしたが、果たしてそれは幻聴だったろうか。
それを確かめる術はなかったけれど、ファリスの口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。


ひっく、ひっくとしゃくり上げる声で、ファリスはゆっくり目をあけた。
頭がずきずきする。
とっさにレナが泣いてる、と思ったけれど、でも、レナじゃあないみたいだ…?
視界がはっきりすると、大きな満月を背に、
白いローブを着たバッツの、ほっとしたような表情が見えた。
「バッツ、おまえ……。
 白魔導士、似合わねーよ」
ファリスを抱え起こした格好のバッツが、呆れ半分に笑顔を見せたとき、
横からがばっと誰かがファリスに抱き付いた。
「ごめんなさい!私のせいで!!」
わんわん泣くマリーの髪から、花畑と同じ香りがして、ファリスは優しく目を細めた。
「もう大丈夫だよ、マリー。いま回復魔法かけたから」
バッツの声にもマリーは顔をあげず、ファリスの肩に顔をふせてしくしく泣いている。
周りを見ると、花畑はめちゃめちゃ、魔物の死骸は転がり惨憺たるありさまで、
これじゃあ掃除が大変だなあとファリスはぼんやり思った。
ファリスが倒れ伏してからそんなに時間は経ってないらしく、
レナやガラフはまだ、このことを知らず宿に居るのだろう。
「まったく……いつもいつもお前は、無茶ばっかりしやがって。
 おれが来なかったらどうなってたか」
安堵した光を瞳にたたえ、バッツは優しく言ったけれど、ファリスはむっとした。
「るっせぇな、しょうがないだろ。シッポまいて逃げられるかよ」
もう立てる、というふうにファリスが身じろぎしたので、
バッツはゆっくりとファリスの背を支えて立たせた。
ファリスと離れるとき、少し残念な気がしたのは内緒だ。
立ち上がったファリスは少しフラついたが、頭にうけた傷はすっかり良いようだ。
剣術だけでなく、白魔法の腕までいいこいつは底知れないな。
と思ったがもちろん悔しいので口にはしない。
そしてファリスは、ごそごそとポケットをさぐり、
きれいに畳まれた質素な木綿のハンカチを出した。
「おら、泣くんじゃねー」
そしてそのハンカチで、まだ座りこんで泣いているマリーの頬を、ぐいぐいとぬぐった。
「バッツのおふくろさんに笑われるぞ」
端正な顔立ちでにかっと笑ったファリスを、
マリーはびっくりしたようにして見ていたが、ふたたびくしゃっと顔をゆがめて、
またうぇーーんと声をあげて泣きだしてしまった。


「今度はいつ帰ってこれる?」
荷物をまとめて村を後にしようとする一行に、マリーは寂しそうに聞いた。
「すぐだよ、きっと。あっという間さ」
「うん、待ってる」
やっぱりどうしても寂しそうだったが、精一杯の笑みを見せて、
そしてマリーはファリスに向き直った。
「昨日は、本当にごめんなさい」
「いいって。マリーのせいじゃない。おれの力が足りなかっただけさ」
少しもじもじしてから、マリーは背後に回した手を、ばっとファリスに突き出した。
「これ!受けとって下さい!!」
目をぱちくりしたファリスが反射的に受けとったそれは、
小さな白い花をあしらった封筒、手紙らしかった。
そして真っ赤な顔をしたマリーは、きびすを返して村のほうへと駆け戻りながら、
振り返って手を振って叫んだ。
「みなさん!お気をつけて!私…、待ってますから!!」
最後の一言は、バッツに向けられたものか、ファリスに向けられたものか。

「あっちゃ〜……そういえばあいつ、ファリスが女だって、知らないんだ」

どこか能天気な調子でバッツがぼやくと、3人の仲間の笑い声が
抜けるようなリックスの青空に広がっていった。


『拝啓 ファリス様

突然こんなものをお渡しすることをお許しください。
初めてお会いした時から、私はファリスさんのことを――――――





なんか急に書きたくなったバツファリ。
つうかぜんぜんバツファリしてねぇっ!!!
幼馴染の娘ッ子に勝手に命名した挙句、ファリスに惚れさせるというやりたい放題の暴挙。
つうかもう抱きついてばっかり。
それどころかタネを明かすとバッツの故郷の名前を忘れました(ドアホー!!)
村ってリックスだったよな?とか、ガラフの口調わっかんね、とか、首をかしげつつ書いたといいます。
けど今回身に染みて思ったのが、私の力量では短編じゃないと書けないってこと。
もうとにかく瞬発力のみ。プロットも先見の明も何もなし。途切れたらはいそれまーでーよ〜。(ぉぃぉぃ
何はともあれ小説の主人公格に据える時は
「恋心をもて余した不器用な娘」という図がものすごく好きらしい>私
よく考えたら見事にいつもまるっきりこのパターンだよオイオイ。
今回はなんか曖昧でぜんぜんラブってないけど……。マリーのせいだ!(違うだろ)
タイプ的にはレナちゃんとっても大好きなんだけど、私にはバツレナはうまく書けないかも知れない。
いやオフィシャルにもワタシ的にも、どっちかっていうとバツレナなのよ!(ほんとに)

2000/7/5 *mionosuke*


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